三浦按針

公開日 2014年1月1日

 
地域
その他
名称
三浦按針(みうらあんじん)
所在
 
備考
昭和60年5月調べ
説明
毎年、六月一日になると黒島では、夏の訪れを告げる海開きとともに「按針祭」が行われます。この按針祭というのは、日本の外交史上に名を残したウイリアム・アダムス(日本名 三浦按針)が佐志生に漂着したことの記念と、その後の日本外交史における彼の業績をたたえるためのものです。
按針が、佐志生に漂着したのは慶長五年(1600)4月29日(陽暦)です。彼が、リーフデ号で漂着した時、船内には病人を含めて24名ほどがいたと日記に記しています。
彼は、1564年イギリスのケント州で生まれ、十二歳の時造船所に入り、十二年間造船と航海術を学び航海士兼船長の資格を得ています。その後、オランダ東インド会社の東洋探検艦隊の航海長としてリーフデ号に乗り込み、東洋に向かいました。
途中、幾度となく暴風雨に遭遇して難船し、豊後の国佐志生の浦に漂着したものです。この時の臼杵城主であった太田飛騨守一吉は、薬や食料を与え手厚く扱い、大阪城にいた徳川家康に知らせました。
家康は、大阪においてアダムスを引見し、彼の人柄と天文学、航海術、当時の世界情勢などの知識に興味を持ち、好意的態度で接したということです。そして、彼の帰船を許し、リーフデ号を浦賀に回すことを命じました。
浦賀に着船後、アダムスは家康とたびたび会見し、彼の信任を得て外交顧問として厚遇されました。
また、相模の三浦郡に領地を与えられ、按針と名乗りました。その後、幕府の海外貿易振興のため、大いに力を尽くしました。
特に、日本とイギリス・オランダとの通商貿易、文化の移入など日本の外交史に輝かしい足跡を残しました。
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